再会
生みの母親に会った。テレビの様な再会劇を予想していたのに・・・まさかの現実突き付けられ困惑する私。これからどうやって生きていけば・・・
クレームつけた店員は、母の知人娘だった。個人情報漏洩、コンプラ違反で懲戒解雇。時は流れて数年後、再会したその女は、娘の同級生の・・・
582 :修羅場まとめの殿堂~離婚・復讐・不倫・浮気まとめ~ 2012/08/25(土) 13:38:25 P
すんごいプチプチな修羅場
学生の頃、携帯の調子が悪く某携帯ショップに行った。その時受付した人がこの機種はこんなもんですよ~みたいな対応でイラっとしてそのまま帰った。
数日後、母親にあのショップにクレームつけたんだろうと怒られた。なぜショップに行ったこと知ってるの?てかなんで怒られるんだ?って思い話を聞いたら、その時受付した人が母親の知人の娘だった。
てか個人情報じゃね?コンプライアンス違反じゃね?って疑問でその携帯会社のお客様センターに電話してみたら、あれよあれよと話は進んでその店の店長と担当営業と一緒にその娘さんが謝罪に来た。
で、その人はもちろん懲戒解雇されたと風の噂で聞いた。
その数年後の今、最近途中入園した自分の娘が通う保育園の同じクラスにその人もいた。
すんげー睨まれた。これからどうすればいいんだ。気まずすぎる。
学生の頃、携帯の調子が悪く某携帯ショップに行った。その時受付した人がこの機種はこんなもんですよ~みたいな対応でイラっとしてそのまま帰った。
数日後、母親にあのショップにクレームつけたんだろうと怒られた。なぜショップに行ったこと知ってるの?てかなんで怒られるんだ?って思い話を聞いたら、その時受付した人が母親の知人の娘だった。
てか個人情報じゃね?コンプライアンス違反じゃね?って疑問でその携帯会社のお客様センターに電話してみたら、あれよあれよと話は進んでその店の店長と担当営業と一緒にその娘さんが謝罪に来た。
で、その人はもちろん懲戒解雇されたと風の噂で聞いた。
その数年後の今、最近途中入園した自分の娘が通う保育園の同じクラスにその人もいた。
すんげー睨まれた。これからどうすればいいんだ。気まずすぎる。
【夫婦の形】大企業に勤めていた嫁が仕事でノイローゼになっていき、別れを切り出された→ 俺「あれ?(元)嫁?久しぶり」 元嫁「うわぁーん」 俺「どうしたんだよ?」
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- カテゴリ:
- 夫婦関係
51 :殿堂 2014/04/28(月) 13:51:57 ID:0hVxKYBbg
嫁とは高校の時からの付き合いで、大学卒業してすぐに同棲した。
俺の実家が小さい不動産屋をやっていたので将来を考えて
地元のホームビルダーで働いて、すぐに宅建も取った。
給料は多くないし、朝早い事も多いけど、土日は休みじゃなかったが、残業も少なく
ちゃんと会社の休業日には休みが取れた。
会社はいい人が多くて仕事が楽しかった。
嫁はいい大学を出ていたこともあり、大企業で働いていた。
毎日忙しくて、家に帰っても仕事を持ち帰って頑張っていたので
会社から徒歩で帰ることができる俺が、家事全般をやって嫁の仕事を応援していた。
嫁から、仕事の愚痴とか聞いたり一日の出来事を話しながら、家で晩酌するのが楽しかったんだが
嫁の帰宅がおそくなり、一緒に食事できずに夜食を用意することが多くなった。
夜食も食べることが多くなって、仕事で体を壊すのが心配だから、早く帰る様に考えてと言ったら
仕事の事に口を出すな、気楽な仕事をマイペースでしているあなたには分からないと言われて
その日から夜食はいらない、寝室も分けられた。
土、日曜日に仕事から帰ってきても、食事の用意はされていたけど、
嫁は自室で仕事をしているので、一緒に食べようと誘うと仕事が終わらないから無理だと。
そんな時、嫁から、嫁らしい事が出来ていないから別れた方がいいと言われて
俺は、嫁の事がまだ好きだったんだが、仕事でノイローゼになっている嫁は離婚しか言わなくなった。
3年弱の同棲生活を終わらせた時に、親父から実家を継いでほしいと連絡が来た。
実家は街の不動産屋をやっていたんだが、地元じゃない駅前に所有しているシャッター商店街とその商店街用の大きな駐車場が
利益の食いつぶしていたんだが、商店街潰してショッピングセンターができることになり、
結構高値で貸す事が出来た。
駐車場跡に、テナント付きの賃貸マンションを4棟立てて、贅沢できるようになったから
親父は引退して、夫婦で趣味の家庭菜園やりたいと、仕事の引き継ぎもあり、親父の引退は2年後になった。
その貸しテナントで自然食品の店が有って流行っていたんだけど、
そのオーナーが家庭の事情で店を閉めることになった時に、地元に顧客も多くて存続をお願いされている、
後をやってくれる人探して欲しいと言うので、弟にある程度不動産屋を任せて、俺がその店を引き継いだ。
その店の隣が空いていたので、自然食品を活かしたカフェを併設した。
地元のタウン誌に癒される店って載ったので、カフェも繁盛した。
そんな時、店に入ってくる懐かしい嫁の顔を見つけた。
従業員が席を案内して、嫁が座ってすぐに俺が声を掛けた。
嫁が俺を見るなり、大泣きし始めたので、バックヤードに連れて行って落ち着かせた。
どうしてここにいるのと驚いた顔で言うから、この店のオーナーで
実家の跡を継いだこと、このテナントビルも自社ビルで、相変わらずマイペースで仕事をやってる事を話した。
嫁は、離婚後、体を壊して鬱になって休職中であることを言い、俺と久しぶりに話せてよかったと少し笑った。
それから、嫁は毎日来るようになり、店の手伝いもするようになって、よく笑うようになった。
もう一度、嫁にプロポーズしたら、嫁が仕事を辞めてきたと言うので、
店を切り盛りしている女の子を社員にして、店長を任せた。
再婚した俺と嫁は、年に3ヶ月は国内外を二人で旅行している。
俺の実家が小さい不動産屋をやっていたので将来を考えて
地元のホームビルダーで働いて、すぐに宅建も取った。
給料は多くないし、朝早い事も多いけど、土日は休みじゃなかったが、残業も少なく
ちゃんと会社の休業日には休みが取れた。
会社はいい人が多くて仕事が楽しかった。
嫁はいい大学を出ていたこともあり、大企業で働いていた。
毎日忙しくて、家に帰っても仕事を持ち帰って頑張っていたので
会社から徒歩で帰ることができる俺が、家事全般をやって嫁の仕事を応援していた。
嫁から、仕事の愚痴とか聞いたり一日の出来事を話しながら、家で晩酌するのが楽しかったんだが
嫁の帰宅がおそくなり、一緒に食事できずに夜食を用意することが多くなった。
夜食も食べることが多くなって、仕事で体を壊すのが心配だから、早く帰る様に考えてと言ったら
仕事の事に口を出すな、気楽な仕事をマイペースでしているあなたには分からないと言われて
その日から夜食はいらない、寝室も分けられた。
土、日曜日に仕事から帰ってきても、食事の用意はされていたけど、
嫁は自室で仕事をしているので、一緒に食べようと誘うと仕事が終わらないから無理だと。
そんな時、嫁から、嫁らしい事が出来ていないから別れた方がいいと言われて
俺は、嫁の事がまだ好きだったんだが、仕事でノイローゼになっている嫁は離婚しか言わなくなった。
3年弱の同棲生活を終わらせた時に、親父から実家を継いでほしいと連絡が来た。
実家は街の不動産屋をやっていたんだが、地元じゃない駅前に所有しているシャッター商店街とその商店街用の大きな駐車場が
利益の食いつぶしていたんだが、商店街潰してショッピングセンターができることになり、
結構高値で貸す事が出来た。
駐車場跡に、テナント付きの賃貸マンションを4棟立てて、贅沢できるようになったから
親父は引退して、夫婦で趣味の家庭菜園やりたいと、仕事の引き継ぎもあり、親父の引退は2年後になった。
その貸しテナントで自然食品の店が有って流行っていたんだけど、
そのオーナーが家庭の事情で店を閉めることになった時に、地元に顧客も多くて存続をお願いされている、
後をやってくれる人探して欲しいと言うので、弟にある程度不動産屋を任せて、俺がその店を引き継いだ。
その店の隣が空いていたので、自然食品を活かしたカフェを併設した。
地元のタウン誌に癒される店って載ったので、カフェも繁盛した。
そんな時、店に入ってくる懐かしい嫁の顔を見つけた。
従業員が席を案内して、嫁が座ってすぐに俺が声を掛けた。
嫁が俺を見るなり、大泣きし始めたので、バックヤードに連れて行って落ち着かせた。
どうしてここにいるのと驚いた顔で言うから、この店のオーナーで
実家の跡を継いだこと、このテナントビルも自社ビルで、相変わらずマイペースで仕事をやってる事を話した。
嫁は、離婚後、体を壊して鬱になって休職中であることを言い、俺と久しぶりに話せてよかったと少し笑った。
それから、嫁は毎日来るようになり、店の手伝いもするようになって、よく笑うようになった。
もう一度、嫁にプロポーズしたら、嫁が仕事を辞めてきたと言うので、
店を切り盛りしている女の子を社員にして、店長を任せた。
再婚した俺と嫁は、年に3ヶ月は国内外を二人で旅行している。
中学卒業と同時に、病的なシングルマザーの母親から逃げた⇒10年後、仕事上で他界したはずの父親と再会。実際俺の父親で、俺と同じく母から逃げただけで他界してなかった⇒その後…
171 :殿堂 2013/09/13(金) 12:28:11 0
今日から4連休なのに家族がみんな仕事や学校でいないので、ちょっと自分語りしてみる。
母親はシングルマザーで、とにかく「子どもを愛してる」ということを外にも内にもアピールして、
自分を認めてもらおうとしていた人だった。
3日ぐらい自分の食事を抜いて、俺の遠足の弁当を食べきれないほど異常に豪華にする。
自分はガリッガリでボロを着ているのに、子どもに高いブランド服を着させる。
今思うとミュンヒハウゼン症候群みたいなことも、けっこう頻繁にやってた。
高校受験の時、俺があまりにも思い通りにならなくて、包丁頻繁にもちだすようになったから、
中学卒業と同時に逃げた。
その後、母親がどうなったかは気になったけど、手紙一通送ったら、その消印から
そこに住んでる住んでないは別にして、そこに住んで探しまわる母親、という
自分に酔うだろうなって思ったら送れなかった。
そうして10年ぐらい経ったところ、仕事上で会った人が、タヒんだはずの父親だった。
実際俺の親で、俺と同じで、その母親から逃げただけで、タヒんでなかった。
最初は父親という実感もなかったけど、母から逃げる気持ちは分かったので
一緒に飲みに行く人になった。
しばらくして、父が母親の現在を、人をつかって調べた。
俺も母の中ではタヒんだことになっていた。そして母は精神病に認定されて、
施設で暮らしていることが分かった。
母が病気だったと分かった途端、子ども置いて一人で逃げた父のことがどうしても許せなくなり、
居酒屋で父親と大喧嘩。
毆って暴れたため警察沙汰になり、留置場入って仕事もくびになり、
当時結婚しようと思っていた彼女にも逃げられて自杀殳未遂までいったのが修羅場。
今は30代になり、あの修羅場がなければ、今の嫁や子どもとも知りあってないし、
両親も怖いだけの存在だったな、とは思えてるようになったのが救い。
母親はシングルマザーで、とにかく「子どもを愛してる」ということを外にも内にもアピールして、
自分を認めてもらおうとしていた人だった。
3日ぐらい自分の食事を抜いて、俺の遠足の弁当を食べきれないほど異常に豪華にする。
自分はガリッガリでボロを着ているのに、子どもに高いブランド服を着させる。
今思うとミュンヒハウゼン症候群みたいなことも、けっこう頻繁にやってた。
高校受験の時、俺があまりにも思い通りにならなくて、包丁頻繁にもちだすようになったから、
中学卒業と同時に逃げた。
その後、母親がどうなったかは気になったけど、手紙一通送ったら、その消印から
そこに住んでる住んでないは別にして、そこに住んで探しまわる母親、という
自分に酔うだろうなって思ったら送れなかった。
そうして10年ぐらい経ったところ、仕事上で会った人が、タヒんだはずの父親だった。
実際俺の親で、俺と同じで、その母親から逃げただけで、タヒんでなかった。
最初は父親という実感もなかったけど、母から逃げる気持ちは分かったので
一緒に飲みに行く人になった。
しばらくして、父が母親の現在を、人をつかって調べた。
俺も母の中ではタヒんだことになっていた。そして母は精神病に認定されて、
施設で暮らしていることが分かった。
母が病気だったと分かった途端、子ども置いて一人で逃げた父のことがどうしても許せなくなり、
居酒屋で父親と大喧嘩。
毆って暴れたため警察沙汰になり、留置場入って仕事もくびになり、
当時結婚しようと思っていた彼女にも逃げられて自杀殳未遂までいったのが修羅場。
今は30代になり、あの修羅場がなければ、今の嫁や子どもとも知りあってないし、
両親も怖いだけの存在だったな、とは思えてるようになったのが救い。
離婚した元義姉夫と、仕事の場で再会⇒初日、元義姉夫『(余計な事言うなよ!)』と私にガン飛ばし⇒その後、周囲から元義姉夫について聞かれた際、つい溜息を吐いてしまった⇒結果
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- やれやれ┐('д')┌
923 :殿堂 2019/02/16(土) 03:38:11 0.net
相手が元義姉夫なのでこの板でいいのかわからないけど
「ああ…」と呟いただけで相手が窮地に陥ったのでここに書き込み
元義姉夫→三年前に義姉と離婚
離婚理由はプリンに本気になったため
フリーランスだからワープアと言い張り慰謝料なし
毎月3万/子供3人ぶんの養育費を払うと約束したがバックレ中
(法的措置を取っているがないものはないと言い張っている)
私はある仕事をしていて
去年の秋の終わりごろAというプロジェクトに参加した
そのAプロジェクトの場で元義姉夫に再会してしまった
もともと私と元義姉夫は仕事的に近いと言えば近い感じだったんだけど
(私が美容師で元義姉夫がデザイナーみたいなもの。それが雑誌のプロジェクトのようなところで再会)
こんなところで会うなんて青天の霹靂で個人的に第一の修羅場
プロジェクトの発足日に自己紹介したんだけど元義姉夫がこっちにガン飛ばしてきて
余計な事言うなよみたいな振る舞いをするんで嫌な感じだった
しかしまぁプロジェクト進行中は仕事が別だしつかず離れず
問題が起こったのはプロジェクトが終わるころ
「ああ…」と呟いただけで相手が窮地に陥ったのでここに書き込み
元義姉夫→三年前に義姉と離婚
離婚理由はプリンに本気になったため
フリーランスだからワープアと言い張り慰謝料なし
毎月3万/子供3人ぶんの養育費を払うと約束したがバックレ中
(法的措置を取っているがないものはないと言い張っている)
私はある仕事をしていて
去年の秋の終わりごろAというプロジェクトに参加した
そのAプロジェクトの場で元義姉夫に再会してしまった
もともと私と元義姉夫は仕事的に近いと言えば近い感じだったんだけど
(私が美容師で元義姉夫がデザイナーみたいなもの。それが雑誌のプロジェクトのようなところで再会)
こんなところで会うなんて青天の霹靂で個人的に第一の修羅場
プロジェクトの発足日に自己紹介したんだけど元義姉夫がこっちにガン飛ばしてきて
余計な事言うなよみたいな振る舞いをするんで嫌な感じだった
しかしまぁプロジェクト進行中は仕事が別だしつかず離れず
問題が起こったのはプロジェクトが終わるころ
彼から突然別れ話を切り出された。理由も教えてくれず⇒2年後、未練たらたらの私に、友人「美化しすぎているんじゃない?一度会ってみたら?」⇒その後、彼と再会して理由判明…
157 :殿堂 2014/10/12(日) 15:24:45 ID:???
思い出して書いてみようと思いました。長くなりそうなのでお暇な方以外はスルーして下さい。
旦那と知り合ったのは学生時代。春休みの制服採寸のバイトでした。
好きだったアーティストの話で意気投合。
やさしくて朗らかで、よく手際が悪い私のフォローをしてくれていました。
妹扱いされていたので、相手にはされないとわかりつつ思いを寄せていました。
どうせこれで最後だと、勇気をだして告白しようと決めたバイトの最終日。
タイミングを見計らっていたら旦那からドライブに誘われました。
その後の予想外だった旦那からの告白。
私も心臓バクバクになりながら手紙を渡し、その日から交際が始まりました。
両思いだったことが嬉しすぎて完全に舞い上がっていました。若かった。
喧嘩もしながら付き合いは続き、就職後おたがい忙しくなってからも連絡は取り合っていました。
ある日、旦那と連絡がとれなくなりました。
マメだったのに数日全く折り返しもないというのは初めのことでした。
会社の帰りに旦那の家まで訪ねましたが不在。気がかりだったものの、私は出張もあったので長居は出来ずに家を後にしました。
しばらくして、やっと旦那から電話がかかってきました。
連絡がとれなかったことを詫びられました。
理由を聞くと、歯切れの悪い返事。重苦しさを感じていたところ。旦那から「本当にごめん、別れよう」と告げられました。
何を言われたかわからず頭の中は真っ白。理由は教えてもらえませんでした。
その後、未練がましいのは承知でやっぱり話がしたくて一度電話をかけました。
やっぱり出てくれず、ああもう終わったのだと思いました。
気持ちに整理がなかなかつかず、それからの私はしばらくはずっと抜け殻でした。
仕事以外に何をして過ごしていたのかもよく覚えていません。
やがて仕事も忙しくなり、気づけば最後に旦那に会った日から2年近く経っていました。
それでもまだ未練はたらたら。
思えば初めて告白するほど好きになれた人だったし、このままずっと忘れられないんだろうななんて思っていました。
誰かを紹介されても何にも感情がわいてこない。
そんな私に業を煮やしたのか友達がこう勧めてきました。
「美化しすぎているんじゃない?理由も教えてくれなかったんでしょ。好きな人が出来ていたんだよ。まだ電話が出来るならもう一度会ってみたら?きっと吹っ切れるよ」
その友達は忘れられなかった元彼に会い、冷めたことで吹っ切ることができたと言いました。
私の場合は、まだ好きなのに会ったら冷めてしまうんだろうかと考えていたのでなかなか電話ができず。
そもそも繋がるのか、繋がったとして番号を見て私だとわかったらとってくれないんじゃないか。
そうこうしているうちに日は経ち、あと少しで旦那の誕生日という時期になりました。
前日、思い切って公衆電話から電話をかけると旦那が出ました。
旦那と知り合ったのは学生時代。春休みの制服採寸のバイトでした。
好きだったアーティストの話で意気投合。
やさしくて朗らかで、よく手際が悪い私のフォローをしてくれていました。
妹扱いされていたので、相手にはされないとわかりつつ思いを寄せていました。
どうせこれで最後だと、勇気をだして告白しようと決めたバイトの最終日。
タイミングを見計らっていたら旦那からドライブに誘われました。
その後の予想外だった旦那からの告白。
私も心臓バクバクになりながら手紙を渡し、その日から交際が始まりました。
両思いだったことが嬉しすぎて完全に舞い上がっていました。若かった。
喧嘩もしながら付き合いは続き、就職後おたがい忙しくなってからも連絡は取り合っていました。
ある日、旦那と連絡がとれなくなりました。
マメだったのに数日全く折り返しもないというのは初めのことでした。
会社の帰りに旦那の家まで訪ねましたが不在。気がかりだったものの、私は出張もあったので長居は出来ずに家を後にしました。
しばらくして、やっと旦那から電話がかかってきました。
連絡がとれなかったことを詫びられました。
理由を聞くと、歯切れの悪い返事。重苦しさを感じていたところ。旦那から「本当にごめん、別れよう」と告げられました。
何を言われたかわからず頭の中は真っ白。理由は教えてもらえませんでした。
その後、未練がましいのは承知でやっぱり話がしたくて一度電話をかけました。
やっぱり出てくれず、ああもう終わったのだと思いました。
気持ちに整理がなかなかつかず、それからの私はしばらくはずっと抜け殻でした。
仕事以外に何をして過ごしていたのかもよく覚えていません。
やがて仕事も忙しくなり、気づけば最後に旦那に会った日から2年近く経っていました。
それでもまだ未練はたらたら。
思えば初めて告白するほど好きになれた人だったし、このままずっと忘れられないんだろうななんて思っていました。
誰かを紹介されても何にも感情がわいてこない。
そんな私に業を煮やしたのか友達がこう勧めてきました。
「美化しすぎているんじゃない?理由も教えてくれなかったんでしょ。好きな人が出来ていたんだよ。まだ電話が出来るならもう一度会ってみたら?きっと吹っ切れるよ」
その友達は忘れられなかった元彼に会い、冷めたことで吹っ切ることができたと言いました。
私の場合は、まだ好きなのに会ったら冷めてしまうんだろうかと考えていたのでなかなか電話ができず。
そもそも繋がるのか、繋がったとして番号を見て私だとわかったらとってくれないんじゃないか。
そうこうしているうちに日は経ち、あと少しで旦那の誕生日という時期になりました。
前日、思い切って公衆電話から電話をかけると旦那が出ました。
20で結婚して娘が産まれたが10年で嫁の浮氣で別れた⇒10年後、3人で再会して食事に。娘「母(元嫁)の彼氏がしょっちゅう家に来て嫌」俺「俺んちに住むか?」娘「いいの?」⇒
学生時代からの友人数人で集まった。唯一既婚の友人Aが旦那さんが仕事で面倒見れないからと息子のB君(4)を連れてきていた⇒その後、友人Cが取った行動でCの衝撃事実判明…
290 :殿堂 2021/07/03(土) 11:42:35 ID:Tw.ex.L1
友達(女)がショタコンだったこと。
久しぶりに学生時代からの友達複数人で集まった時、唯一結婚して子供もいる友達Aが、旦那さんが仕事で面倒みれなくなってるからと息子のB君(4歳)を連れてきていた。別にランチするくらいだし、事前に話してくれていたので特に問題なかった。
するとそれを見たCが「可愛い」を連呼して「お名前は?いくつなの?わー偉いねえ自分でちゃんと言えるんだねえ」とハイテンションで接していた。
他にも「B君の思い出も残しておこう」と、ご飯食べてるB君の写真を撮ったり、「折角だしみんなで公園に行こう!」と緑地公園に行って、アスレチックで全力で遊ぶB君をこれまた写真に収めていた。
「お母さんがいつも写真撮ってんでしょ?たまには任せてのんびりしなよー」
とAを休ませていた。
その時は、Cは子供好きなんだなーと思っていた。
ところがAがトイレに行くと、Cが私たちに向かって「はーー。生ショタが拝めた、来てよかった。幸せ」「ショタヤバい、肌すべすべだった」「中々よその子に触れないからさー」と言い出した。
私達は咄嗟に「コイツガチだ」と思い、写真を全て削除させ、家に帰るようにいった。写真も、太ももがアップになってるような写真が沢山あった。
Aには「間違って削除しちゃったみたいよ」とだけ伝えた。
学生時代からオタクではあったものの、こういう人の道を踏み外すタイプでは絶対無いと思っていたから衝撃でした。
久しぶりに学生時代からの友達複数人で集まった時、唯一結婚して子供もいる友達Aが、旦那さんが仕事で面倒みれなくなってるからと息子のB君(4歳)を連れてきていた。別にランチするくらいだし、事前に話してくれていたので特に問題なかった。
するとそれを見たCが「可愛い」を連呼して「お名前は?いくつなの?わー偉いねえ自分でちゃんと言えるんだねえ」とハイテンションで接していた。
他にも「B君の思い出も残しておこう」と、ご飯食べてるB君の写真を撮ったり、「折角だしみんなで公園に行こう!」と緑地公園に行って、アスレチックで全力で遊ぶB君をこれまた写真に収めていた。
「お母さんがいつも写真撮ってんでしょ?たまには任せてのんびりしなよー」
とAを休ませていた。
その時は、Cは子供好きなんだなーと思っていた。
ところがAがトイレに行くと、Cが私たちに向かって「はーー。生ショタが拝めた、来てよかった。幸せ」「ショタヤバい、肌すべすべだった」「中々よその子に触れないからさー」と言い出した。
私達は咄嗟に「コイツガチだ」と思い、写真を全て削除させ、家に帰るようにいった。写真も、太ももがアップになってるような写真が沢山あった。
Aには「間違って削除しちゃったみたいよ」とだけ伝えた。
学生時代からオタクではあったものの、こういう人の道を踏み外すタイプでは絶対無いと思っていたから衝撃でした。